天河大弁財天社

パワースポットめぐり -天河大弁財天社-
ご本尊である弁財天様にお会いできる機会、天河大弁財天社「観月祭」
天河大弁財天・観月祭
所在地 奈良県吉野郡天川村
修験の山・大峰山のふもとにあるのが天川村、そして天河大弁財天社です。市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)を主祭神とし芸能の神として知られます。元の祭神名は弁財天(サラスヴァティー)で、神仏分離により「市杵島姫命」と称するようになりました。
厳島、竹生島と並ぶ「日本三大弁財天」のひとつです。
太鼓が打ち鳴らされ五十鈴の響きとともに
天河大弁財天は天川村坪内という場所にあり、坪内とはおへその意。
そして天川村全体が「胎内」によく例えられています。昔は海底だったという地形も手伝って、なにかにすっぽりと包まれているような雰囲気が村全体を覆っています。
天川村に入る直前に3つのトンネルがあるのですが、最後のトンネルの中でなぜか一瞬オレンジの光と甘美な女体の重みを感じました。瞼が自然と重力に従い、大きな手のひらで握られているような感覚をゆっくりと味わいたくなります。昇っているのか落ちているのかぐるぐるとした渦の中で、上も下もわからなくなります。
そして次の瞬間、ぽっかりと開いたトンネルの出口を抜けました。
最後のトンネルには、外界とあきらかに気が変わるポイントがありました。
この場所がいわば産道の役目を果たしているのかもしれません。
実は、天川村には先月の旧暦七夕祭にお邪魔したばかり。前回は天の川にご先祖様供養の灯籠を流す厳かな神事でしたが、今回は観月祭という中秋の名月神事。参列者には満月を映し込んだ御神水とお月見団子が振る舞われ、中秋の名月パワーを直接体内に入れてしまおうというなんともダイナミックかつ幻想的な神事なのです。
9月22日午後7時、天河弁財天大社の本殿で太鼓が打ち鳴らされ五十鈴の響きとともに始まった観月祭。
柿坂宮司が第一声を発した途端に場が重厚な気に満ち祭壇の炎が揺らめきます。
柿坂宮司の言霊が宇宙に響き、月讀命が呼応して降りて来ます。二人のやりとりは機織りのように宇宙に時を刻みます。柿坂宮司には強い精神と深い慈愛が満ち、月讀命には鋭い知性と冴え冴えとした美があります。

聴こえてくる五十鈴の音色は、私たちの遠い記憶と遥かな未来を繋いでゆきます。
読経が進むなかで、柿坂宮司から思いもよらない言葉が放たれました。
「今夜はあいにく雲がありますが、午後8時半頃には雲も消え中秋の名月を皆様にご覧頂けます。
それまでお待たせしますが、その間皆様どうぞ祭壇の奥までお進み頂き弁財天様にご参拝下さい」

なんと、突然の御開帳宣言です!
本来ご本尊である弁財天様には例大祭という年に一度の機会にしかお会いする事は叶いません。全く予想していなかった謁見の誉れ。興奮した気持ちで祭壇を昇り早速参拝をさせて頂きます。厳しさと気高さと審美性の融合体。まさに彼女こそが芸術そのものだと感じました。身体の中心軸がぶーんと細かく震えているようで、祭壇を降りてからしばらく経っても、その振動はずっと続いていました。

そして午後8時半。柿坂宮司の予言通りに雲が消え、見事な中秋の名月が現れました。
神々しい冴え冴えとした月光を浴びているうちに、熱にうかされたような身体の火照りと振動が少しずつ収まっていきました。
圧倒的な美のパワーと、切れそうなほどに澄んだ月の光。
まったく異なるふたつのパワーを体感することができた、本当に貴重な秋の夜でした。
神々しい月光に漂白された意識には、今迄出会ったすべてのひとの笑顔だけが残ります。

人間存在の重みと愛しさが胸に込み上げてきます。
生命の循環にくみこまれた理由。宇宙の摂理。
生まれることの意味を感じられる特別な瞬間です。
すべての感情を手放して、生まれたままの感覚だけを母乳のように堪能できる喜び。
自分の存在を忘れると同時に、自分自身の感覚ですべてが満たされる。
ここではひとは何度でも赦され、そして再び生まれ落ちることができるのでしょう。
天川村が「胎内」と言われる理由は、そこにあるのかもしれません。
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