椿山荘

パワースポットめぐり -椿山荘-
「世界が椿を祝福する場所」
南北朝時代から椿が自生する景勝地だったため「つばきやま」と呼ばれていたこの土地。
1878年(明治11年)に後の内閣総理大臣・山縣有朋が自宅として購入し「椿山荘」と命名した。明治天皇をはじめとする当時の政財界の重鎮が招かれ、国政を動かす重要な会議が開かれたと言われる。
1918年(大正7年)に藤田財閥二代目当主・藤田平太郎男爵がこの場所を譲り受け、「名園をありのまま残したい」という山縣有朋の意志を受け継いだ。
東京大空襲(1945年)では甚大な被害を受けるが、「戦後の荒廃した東京に緑のオアシスを」という藤田興業の祖・小川栄一の思想のもとに一万本以上の樹木が移植され、7年の歳月を経たのち、名園「椿山荘」は1952年(昭和27年)再び見事に花開くこととなる。
現在では世界的に有名な「フォーシーズンズホテル椿山荘東京」が敷地内に併設され、
開業以来変わらず結婚式場の名門として日本国内外に広く知られている。
「椿山荘」と聞いて真っ先に思い浮かぶものが、ふたつあります。
ひとつ目は、深紅の椿の、艶やかでぽってりとした美しい花弁。
そしてふたつ目は、オペラ史上最も有名な作品と言っても過言ではない、ヴェルディ作曲の『椿姫』。
アレクサンドル・デュマ・フィスが、実体験をもとに書いた長編小説を原作とするこのオペラは、1853年にイタリアで初演されて以降、世界中の人々を魅了し上演され続けている名作中の名作です。
念のため、ここでは小説のあらすじを駆け足でご紹介しましょう。
時は19世紀半ば、舞台はパリ。
いつも椿の花を身につけていたことから「椿姫」と人々に呼ばれ愛されていた高級娼婦のマルグリット。
気品と知性と美貌を持ち、社交界一の人気者でありながらも贅沢三昧の生活に心身ともに疲れ果てていた彼女の前に、ある日一人の青年が現れます。
アルマンと名乗るその青年は、マルグリットに一途な想いを寄せました。
最初は戸惑うマルグリッドも次第に彼の誠実さに惹かれ、二人は愛し合うようになります。
パリ近郊の別荘での幸せな日々。しかしアルマンの父親の登場でそれも唐突に終わりを迎えます。
(マルグリッドに息子と別れるよう迫るこのシーンの音楽は、数あるオペラの中でも傑作として有名)
自分の留守中に起こったその出来事を知らないアルマンは、マルグリッドに裏切られたと思い込み・・・。
はてさて、結末はいかに。
ちなみにマルグリッドのモデルとなった実在の女性マリー・デュプレシは、史上最高の伝説のピアニスト、フランツ・リストとも浮き名を流したというから驚きです。

そんな『椿姫』の美しい二重唱が脳内で流れるなか、フォーシーズンズホテル椿山荘へと到着しました。
ホテル内のロビーを横切り階段を2フロアー分下りて行くと庭園に通じる出口があります。
これまで幾度となく訪れている場所ですが、窓越しに見える風景、手入れの行き届いた樹木の色彩の鮮やかさにはいつもながら胸が震えます。
どこを切り取っても絵になる、というのは写真を撮る者にとってはむしろ残酷です。
カメラには到底収まりきらない美が、フレームからあふれ出てしまうことは目に見えているからです。贅沢な憂鬱。幸福な諦観。まいったなぁ。そんな気持ちで私はいつもこの景色を眺めることになります。
庭園へ出ると、紅葉を透かした晩秋の太陽光がキラキラと目にまぶしく飛び込んできます。
見上げたホテルの客室に、椿姫がチラリと写ってくれたらいいのに。もし彼女が日本に来ていたら、きっとこのホテルに泊まっていたはずだもの。そんなことを思っていると突然足下がぐらりと波打ったように感じて意識が遠のきました。
不思議な体験でした、と書きたいところですが。貧血です。
それ以上でも以下でもなく、おそらくリアルな貧血です。
自分でも気付かないうちに、いろんなことを考えながら上ばかり見すぎていたようです。
周囲の人たちが驚いて次々に駆け寄ってくれましたが、まさか原因が椿姫だとも言えず。
ただただ恐縮して血の気が戻るのを待ちました。みなさん、その節はごめんなさい。大変お世話になりました。
意識がすこしずつ戻り、ぼんやりとした頭で見る庭園は、初めて訪れた国のように新鮮でした。
うっすらと、幻想的な霧がかかっているようにも見えます。今にも京都のお公家さんが現れそうなこの小径なら,タイムスリップだってできそうです。
この先には錦水という数寄屋造りの料亭がありますが、四季の恵みの中での和装婚が盛大に行われます。
約2万坪(東京ドームの約1.5倍)を誇る広大な敷地内に、婚礼に関して足りないものは存在しません。
この日は土曜日ということもあって、庭園内の随所で婚礼儀式が行われていました。
緑の中でひときわ映える赤い欄干の橋を渡ると、そこからが本当の祝宴の始まりです。
フォーシーズンズホテルの敷地から、本家本元の椿山荘の領域へと入ります。どこからともなく、どっと沸く歓声と祝福の声が耳に届いてきます。
この橋を、あまたの人々はそれぞれどんな気持ちを胸に秘めて渡ったのか。宴というものはどんな種類のものであれ、切なさを内包しています。
永遠に続く宴などないと、わかっているから。
結婚という人生最大の祝祭で揺れ動く、様々な感情のさざ波。でもそれはすぐに、こんもりと茂る椿の木々に吸い込まれてしまいます。人間の喧騒をたしなめるわけでもなく、かといって傍観するでもなく絶妙な間合いでにこにこしながら、どうやら椿も一緒に宴を楽しんでいるようでした。

庭園の中央にある大きな池の周りでは、5~6月にかけてたくさんの蛍が宙を舞います。
明滅する無数の淡い光に包まれて散策する夜の庭園は、また格別です。
都内とは思えないほど深い闇のなかで蛍とダンスを踊った素晴らしいひとときは、私にとって一生忘れられない思い出になっています。
来年この庭を飛び回る蛍たちも、今頃ワクワクしながらその時を待っているにちがいありません。
初夏にまた会いにこよう。今度は、どんなダンスが見られるかな。

池沿いの道をぐるりと周り終えたとき、ちょうど挙式を終えた新郎新婦が参列者に見守られながら記念撮影をしていました。
きっと彼らの幸せも一枚のフレームには収まりきらないはずです。
私も助太刀とばかりに、遠くから大切な一瞬をパチリと撮らせてもらいました。

椿姫がもしこの地を訪れていたら。
私が貧血になるほど考えていた命題が、このときふっと解けました。おそらく彼女は、静かにほほえんですべての光景を賛美したでしょう。彼女は無欲でした。それは真実の愛に満たされていることを知っていたからです。彼女は、胸に付けていた椿そのものでした。
椿には独特の美しさがあります。それは、潔さに裏打ちされた強さです。
日本書紀にも記録が残るこの花は、古くから日本人の気質を投影することで愛されてきました。椿は花びらを落としません。見事に咲いたまま、ある瞬間にぽとりと落ちます。
落ち椿と呼ばれるその姿は、哀しくもあり、いたって自然なことにも思えます。
椿山荘が象徴する永遠の誓いと、それはまったく同じ意味を持っています。
そんな、椿姫の物語。
結末が気になりますか?
この世界という舞台で最後にほほえむのは、強く、美しいものだけです。その真実には、誰もあらがえません。
もし椿のように生きるのなら、世界はきっとあなたを祝福するでしょう。そう、物語の結末はいつだって、あなた自身で決めることができるのです。
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