GUEST: 竹川郁子
WORKS: セラピスト、ヒーラー兼講師
Healing Office 『Sirius Tribe』代表
HP:ARCADIA
英国IFA(国際アロマセラピスト連盟)認定アロマセラピスト
英国ICGT(クリスタル&ジェムストーンセラピスト協会)認定セラピスト
マルチディメンショナル・ヒューマンデザイン・アナリスト、ホットストーンマッサージディプロマ取得
インナーワークアロマセラピーディプロマ取得、ニールズヤードパートナーシップ認定講師
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター、REIKIマスター(ティーチャー)ディグリー
Medicine レイキ(TM)マスターディグリー、Lakota Philosophy Certification 修了
正宗太極拳初段 弓道弐段...その他多数の資格取得者

竹川郁子ARCADIA Holistic Healing Salon
Mitakuye Oyas'in(すべてにつながるいのちとともにありますように)ネイティヴアメリカンの伝説
インタビュアー:林 成敏(Naritoshi Hayashi)
アセンションマスター
HP:「Une Deesse」
西麻布 Never Feel トータルヒーリング スタジオ Une Deesse(アン・ディス)運営、企業向コンサルティング、社員啓発セミナーなど精神的な観点から企業をバックアップ、現在は主に、波動の研究と波動機器を使ったアセンション・モード解説と研究に努め励む傍ら個人向ワークショップ・ヒーリング・セミナーを開催している。
インタビュア:NANAKO
Spiritualアドバイザー
Spritual Interview vol.06 「気づきと静穏」
Crystal healing・Body treatment・Spiritual readingなど個人に合った個別セッションをはじめ気軽なお茶会等エンジェル・ワークなども開催している。
今回は、品川区にあるHealing Office 『Sirius Tribe』代表の竹川郁子さんにお話しをお伺い致しました。インタビュアとして行って頂いたのはお馴染み林さん、そして6回目のインタビューに応じてくれましたNANAKO(ヒーラーななこ改)さんにお話しを聴いていただきました。
取材当日の約1ヶ月前にラコタ滞在旅行から帰って来たばかりで、案内されたルームにはネイティブアメリカン色を醸しだすグッズで溢れんばかりでした。
これらは何年も架けて現地で揃えた民族衣装や打楽器、管楽器、など~小物まで、向こうの師に見立ててもらった品が多数並べられて取材のために用意して頂いたそうです。
中には、ホワイトウルフの毛皮は圧巻モノで本格的な装飾品の数々も一見の価値ありモノです!そんなネイティブアメリカンな雰囲気の中で取材がスタートしました。
その前に、インタビュアのNANAKOさんが竹川さんとの不思議な繋がりを語ってくれました。。。
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竹川さんと私の繋がり・・・
彼女と私は、魔女の先輩と後輩というつながりで前世で出会っています。
彼女は、中世ヨーロッパで魔女でした。そして、私も白魔女でした。
中世ヨーロッパ。国はフランス
30代半ばの女性が見えます。
髪は肩まで伸びた黒髪で、物静かな雰囲気をもつ女性が見えています。
その女性が彼女です。
私は白魔術を学ぶ中で心理学・ヒーリング・薬学などを学んでいました。彼女はそれらを学ぶと同時に人間の陰の部分についてより詳しく研究していました。
なぜなら、すべてのものには光と陰が存在し、光のみでも陰のみでも存在できないということをよくご理解されていたからです。白魔術を学ぶと同時に、黒魔術も学んでいらっしゃいます。呪い・悪魔・攻撃魔法などについても研究されている様子が見えています。それは人に使うということではなく、あくまで研究として行われていたようです。その中で、悪いエネルギーを自分自身が受けてしまったこともたびたびあったらしく、この研究には苦労が耐えなかったようです。

林&NANAKO:「本日はよろしくお願い致します。」
竹川:
「こちらこそ、よろしくお願い致します^^」
NANAKO:「まず生い立ちからお伺いしたいと思います。小さい時はどんなお子さんだったんですか?」
竹川:
「子供の頃はあまり外へ出ないで本ばっかり読んでましたね。出て遊ぶときは木登りとか大好きだったので男の子と遊ぶことが多かったですね、みんなで有針鉄線を登ったりして洋服も身体も傷だらけで帰ってきたりして^^・・・
基本的に所謂、いじめられっ子だったんですよ、小学校6年生の時、神戸の魔女の家アレクサンドリア木星王さんのタロットと出会い、スピリチュアル系の本をたくさん読んでいました。スピリチュアルな本に関心があって、よく買ってました。」
NANAKO:「いろいろ資格を取得してますよね、竹川さんの代表的な肩書とはなんでしょうか?」
竹川:
「勉強するのが好きでいろいろと習得したくなるんですよ、それが資格として残っているのです。そうですね肩書とかは、受取る側でどういう風に解釈して頂いても良いと思うんですね。この仕事して行くうえで必要ですし単に勉強が好きなんですよ、好きな事を勉強するという方が解りやすいかなぁ^^
ある意味、セラピストとして、クリスタルセラピーとして、『出来る』という事ではなく、その中でやりたい事があるから学んだという方が正しいと思います。そしてやりたい事をやってきて組み合わせて自分に出来る事を皆さんに提供していきたいと思っているんです、勿論ビジネスとしても価値のあるものを提供していく事を考えているからです。」
NANAKO:「学生時代から~OL、前職ではHard Rock・Heavy Metal部門の責任者をされていたそうですが?」
竹川:
「中3の頃とか、自分で小説書くのが好きでよく執筆してまして、まぁ家の事情とか云うと語りつくせないですが、親の言うこと聞かなくなったりして、それで音楽にのめり込んでいってバンド活動して、そのきっかけがあって音楽映像などAVCソフト&ハードの専門の会社に入りました。
NANAKO:「フラメンコダンサーをされてたそうですが、とてもカッコイイと思いました^^」
竹川:
「フラメンコは、私に生きるという力を与えてくれた大切なものですし、10年間、過去の多くの苦しみや悲しみと生きる事と死ぬ事に必死に向かい合って踊り続けていました。
ただ、膝を痛めた時に、フラメンコでやるべきことは終わったという充足感があり、舞踊団という組織の中では自分のクリエイティヴィティを表現できないと思ったのでやめました。今でもフラメンコは好きですよ。」
NANAKO:「スピリチュアルに行こうと思ったきっかけは何だったんですか?」
竹川:
「スピリチュアルに進むことになったのは、自然な流れです。家系的な要因もあるのかもしれません(従姉妹達は霊媒師や看護士をしています)また過去世的な要因も含めて、私のスピリット自体が精神世界に生きるものだからというのもあります。その伏線が子供の頃からの行動とその後の波瀾万丈の人生にあるのだと思います。」
縦笛を奏でると、その音色はシャーマンが祈りを捧げるように、優しい春風のように心と身体に響きわたり疲れた心と体を癒していきます。目の前で聴いている私達の心もほっこりとして、ハートチャクラが中心から優しく癒されていくことを感じました。NANAKO先生・私(林)・そして宮堂の3人はうっとりとしながら癒されていきました。
3人とも心地よさにもっと演奏してほしいと竹川さんにお願いしたこところ、リクエストに答えて次に取り出したのは大型のマラカスのような正式名称は「レインスティック」といい、かつては南米先住民が雨乞いの儀式に使っていたものです。
見た目の作りは、草木の茎を筒にしてその中に植物の種が入れてある楽器です。その音色は海の穏やかな波の音です。その音を聴くだけで、まるで今、海を見つめながら波の音を聴いているように心を清々しい気分にしてくれます。
NANAKO先生は思わず『海・海』という言葉を発していました。その後で『本物の波の音みたい・・』と話していました。私は演奏を聴いている最中に不思議な体験をしました。波の音に心が共振して、私の前に青くて綺麗な海が見えました。潮風が心地よく吹き、波の音はネガティブなことを忘れさせてくれます。私は久しぶりに海を見に来たようなリアルな気分になってしまいました。そんな素敵な錯覚を起こさせるほどスピリチュアルですばらしい楽器です。
また、甘えついでに次の楽器もおねだりしました。
心優しい竹川さんはリクエストに答えてドラムを取り出し、ドラムヒーリングの始まりです。竹川さんが叩くドラムの音色はピュアで重厚な低音です。その音は私の丹田(お腹の中央)に響き渡り、お腹から精髄を通って脳天へと突き抜けていきました。通過した感覚は、圧力をました空気が台風のように一気に大掃除をしているように感じました。身体中がとてもすっきりとしています。なんともいえないような心も体も軽い感じを体験しました。人にしてもらうヒーリングは気分最高・気分上々でうっとりです。


私がドラムヒーリングで癒されたのを見て、うらやましそうに見つめるNANAKO先生。それを察したかのように竹川さんがヒーリングツールを取り出してNANAKO先生の背中の疲れを癒していきます。疲れが癒されていくにつれて、身体の緊張がほぐれて眠そうにしているNANAKO先生です。本当に気持ち良さそうです。
ヒーリング体験も落ち着いて、いや、癒されて、くつろぐ私たちにさらなるスピリチュアルなアイテムが登場。
ヨーロッパで使われているスピリチュアルな剣です。
そこで竹川さんが、日本刀と西洋の剣の違いついて簡単なレクチャーをしてくれました。日本の刀は肉を切るために刃を引いて使うそうです。しかし西洋の剣は鎧を砕くためハンマーのように叩いて壊す使い方をするそうです。レクチャーを受けて納得する私とNANAKO先生です。
『なるほどね・・竹川さんすごい・・』
その後、剣をお借りしてまるでセーラームーンの主人公でもなったようにはしゃぐNANAKO先生です。剣を構える先生を見ていると月に代わってお仕置きされそうで私と宮堂は怖くなって先生からちょっとだけ離れました。なりきりNANAKO先生の画像を拝見ください。すごい迫力が伝わってきます。怖いです。
もしかしてNANAKO先生は前世で聖十字軍の戦士していた過去もあるかもしれませんね。リーディングは機会があったらまたご紹介いたします。


毎年、ネイティブアメリカン、いわゆるアメリカの先住民のメディシンマン元へ行き生命体である生き物としての癒しの存在について学びに行くそうです。。。その中で本物のこういった楽器の演奏を聴き感動を与えられ影響を受けたのだという事は分かり得ます。
それは彼女の奏でる笛の音で想像がつきました。目を瞑ると闇と夜明けがクロスオーバーする大地で幾千億の星空を眺めながらその地に居るかのように、ゆっくりとした時間が流れるようで、僅か数分でしたが瞑想状態に入ったようでした。
時間と空間は何人もあやつる事ができない、その音色が自然に魂と身体をおくネイティブアメリカンそのものを少しだけ教えてくれたようでした・・・
詳しくはネイティヴアメリカン、自然療法などについて竹川さんのBLOGで・・・
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竹川さんと私の繋がり・・・②
竹川さんと私が同じくいた前世では、魔女ということを周囲に知られたら捕まるという時代だったため、魔女ということを隠さなければなりませんでした。幼い頃からスピリチュアルな能力があったことに対して、気味悪がられたり、非難を受けたり、人が去っていっていまったという経験をお持ちでした。そのため、人に対してとても強い不信感を抱いていました。日常生活は自分の内側との対話が多く、人との交流はほとんどありませんでした。
その当時、私は人の心の闇を否定して、光の部分だけを信じていました。
ある日のことです。私は近所の薬草屋に薬草を買いに行き、その薬草屋は一見普通の薬草屋なのですが、魔女たちがお忍びで利用する薬草屋でした。
私が、そこに薬草を買いに行ったとき、ケルトの十字架を身に着けて行ってしまいました。当時、ヨーロッパにおいてケルト十字は自然崇拝を意味し、それは同時にキリスト教以外のものを崇拝することの証でした。キリスト教以外を信仰するものは、魔女と決め付けられその当時は密告されてしまったのです。いつも行くところだったので、油断してしまったのかもしれません。それを、見知らぬ男性に見られてしまったのです。
その当時、魔女を発見して役人に伝えれば、それを伝えたものには賞金が与えられました。私は、その男に賞金目当てで魔女だということを密告されてしまったのです。魔女狩りがあるという事実を知りながらも、人は善なるものであるとどこかで信じていた私にとってこのことは非常に大きなショックでした。
私はただちに連行され、ひどい拷問を受け、火あぶりによって処刑されました。
私は魔女狩りによって亡くなりました。
彼女は私が亡くなったことを知り、ひどいショックを受けました。
人間とは一体何なのか、神様は一体なぜ人間をお造りになられたのかというようなことについて日々深く考えるようになっていきました。彼女はよりいっそう人に対しての不信感を募らせ、人とは一切会わず研究に没頭していきました。
彼女は、晩年まで魔術の研究をひっそりと続けて亡くなりました。
<前世のあなたからのメッセージです>
今世紀は人とのかかわりが非常に重要になってきます。
それは、表面上で人とかかわるということではなく、より自分のハートをオープンにし、感情を表現していくということがテーマになっています。
人の様々な陰の部分が見えてしまうため、無意識のうちに人に対してのバリアをはってしまうところがおありになるようです。
今世紀は人の陰の部分を受け入れ、慈愛を持ち、その愛を周囲の人々に広めていくという役割をお持ちになっています。
NANAKO
それでは、竹川さんがラコタ滞在記をスピリチュアルマザーズ用にまとめてくれましたのでご覧下さい。
ラコタ滞在記。
何年もかけてネイティヴアメリカンと交流をつづけて、かつて私のヴィジョンに現れた人物を探求する旅が続いた。それがようやくこの地で見つけることができた。ここに行き着くまで、多くの成長を遂げてきた私のスピリットが、ようやく強烈な何かと向かい合う準備ができたからなのだろうか。到着前日まで雪や雨など悪天候続きだったサウスダコタは、日出ずる国よりの来訪者のためなのか、はたまたこうなるべくしてこの日程になったのかは定かではないにしろ、滞在中ずっと晴天に恵まれた。
「貴方が此処に来る一週間前、私はスウェットロッジ中、近々外国人が私を訪ねてくるだろうとグレートスピリットからメッセージを受け取った」
オグララ・ラコタ(スー)族の偉大なる指導者フールズ・クロウの孫であるメディシンマン(祈祷師)"グレイ・グラス"は私に会うなりそう言った。
「俺の生活は日々が祈りだ。貴方もそうしたから天気もなるようになったのさ」
パインリッヂ居留区カイル地区の精神的指導者にして、酋長の父を持つ"ホワイト・サンダー"は乗馬の最中の会話でそう言った。
入国審査での一コマ・・・パスポートを見るなり
審査官:「君はインディアンなの?」
私:「パスポートは日本のだろーがo(`Д´#)プンプン、日本人だよぉ以前間違えられたけど」
審査官:「OH!~わかった!サウスダコタにインディアンの友達がいるんだね」
私:「いないけど会いにいく」
審査官:「なるほど?。楽しんでこいよー」
もう既に馴染んでいる私・・・in USA
フラメンコダンサーの強みからか、無意識にバランスを保っていたため落馬しなかっただけ幸いだ。
「おいおい、あんた、見た目大人しそうなお姫さまだと思ったが・・・」
暴走した私の馬を追ってきたホワイト・サンダーが呟いた。
暴走は止まらない。
最初に乗った馬は「レイン」という雄馬で、とても気が小さくて大人しい馬だった。しかし・・・
バッファローが一斉にこちらをみて数頭立ち上がった・・・その時だった。
手綱を右へと引くがレインは言うことを聞かない。挙げ句の果てに首を振って今きた道を帰るように走り出してしまった。「松平健ってすげぇ?!武豊もすげぇ?!これじゃまるでジェットコースターだぁーー!」馬が驚いてもっと暴走してしまったのだ。もはや声も出ない・・・
なまじっか動物にきつく当たってはかわいそうだという考えから手加減したのも良くなかった。結局、暴走機関車「レイン」の母親で何頭も子馬を生んでいる母馬「ペニー」に乗り換えた。
「たく・・・俺もあんたの見た目で大人しい馬をあてがったのが悪かった。馬があんたのこと怖がってる。とんだワイルドウーマンだな」。。。ホワイト・サンダーに、そんな印象を与えてしまった^^
私の背中を照らすまばゆい太陽がそっと抱きしめてくれるような感じがする。思いもよらないホワイト・サンダーの歌を歌うという申し出と、彼の土地からセージを摘ませてくれた感謝ごと...
セージを摘み終わって走って戻ると、ホワイト・サンダーはドラムの表面を数回なでてから叩き出した。
広大な平原に彼の歌声が響き渡る。
あまりに感激して、涙が止まらなかった。
胸の奥の奥にまで響くドラムと歌声。まるで魂ごと揺さぶられたような気がした。彼の歌とドラムが、私の問いに対して言葉でない彼からの答えのような気さえした。




何を思い出してもすばらしいこの旅の中で、ホワイト・サンダーとの交流と、夜になって現れたメディシンマンとの出会いというのが、私にとって最も価値のある日々となった。
『本当は分かっていて、それをただ、あなたが気付いていないか、自信が持てないだけなんじゃないのか?』
偉大なる精神と母なる大地は、はじめから私をこのラコタの地へと誘っていたのかもしれない。私の覚悟は間違ってはいなかった・・・。
この旅を終えて、よりいっそう天地との繋がりを重んじるようになった。
そしてファミリーとしてギフトを与えてくれたホワイト・サンダーの教えの数々を胸に刻んで新しい出発にしようと思う。
私はその辺の「似非インディアン」にはならないし、なりたくもない。私は日本人だ。
しかし、精神性ははるかに彼等に近い。そして、彼等の精神性は、かつての日本人のそれに良く似ている。
それは、現代人が忘れてしまった、人間としての根源的精神性に良く似ているはずだから・・・。
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スピリチュアルリーディング
ネイティブアメリカンと深い親交を持つ竹川さんを見つめていると、あることがわかりました。部屋の中を、ラコダ族の正装をしたシャイアンの戦士が竹川さんのまわりをいつもガードしています。そのシャイアンの戦士は遠い過去の前世での竹川さんそのものです。彼は現在の自分をなぜ守護しているのか、リーディングによって明らかにしていきます。戦士として生きた時代はある悲しい出来事がありました。その出来事とはサン・クリークの大虐殺です。
彼は大家族の長男として生まれました。彼のすぐした幼い姉妹と弟がいました。彼は戦死した父親の意志をついで村の戦士となりました。ある日のことです。白人たちが早朝、霧が立ちこむなか村を襲いました。彼は物音で目を覚ました。
幼い兄弟達は離れで休んでいたため彼は胸騒ぎを覚えて隣のテントへ走りよりました。テント中は静まり返っています。幼い3人の兄弟たちは毛布の上にうつ伏せ倒れて体中が傷だらけで亡くなっていました。彼は怒りの感情に震えながら幼い兄弟の命を奪った敵を霧の中を探しました。すると遠くに血だらけのナイフを持ち、得意げに振り回す、白人の兵士がいました。
彼は白人の兵士に向かって襲いかかりました。兵士の仲間がそれに気づき兵士を守るため大勢の白人の兵士がサーベルをもって切りつけました。一人の兵士がサーベルを彼の身体に突き刺しました。彼は全身に広がる痛みと大切な命を守れなかった悔しさのなか意識が薄れて火が消えるように命が尽きていきました。彼は最後まで戦士としてのプライドを捨てようとせず凛とした姿勢を保ったままその場に立ち死に耐えました。
【前世の貴方からのメッセージ】
戦士として過去を生きた私は大切な命を守れなかった自分に罪悪感を感じていました。
その思いが強くて霊界へいけずずっと貴方のまわりを彷徨い続けていました。
しかし貴方が本当に自己愛に目覚めて自分を愛するならこの呪縛から開放されます。
人に愛を与えるばかりではなく自分自身にも愛というギフト差し上げてください。
これからハートのエネルギーを高めていくことがこれからのテーマになります。
自分を愛し他人に愛を与えてあげてください。
<サン・クリークの大虐殺>を参考までに。。。
その悲劇の日は凍てつく早朝のはりつめた空気の静まりを破る蹄の響きで始まりました。 テント村は平原部族の太陽崇拝の信念により、馬蹄形に東に向かって広がっていましたが、その両端に馬上の人影がありました。けたたましい物音にいち早く目覚めたジョージ(白人とシャイアン族の混血児で通訳)が族長ブラック・ケトルを心配して彼のテントに目をやると、そこには巨大な星条旗と、加えて小さな白旗が立っているのが見えました。
この星条旗は白人との条約の際、部族に贈られた物であり、『兵士が来たらこの旗を揚げよ、和平の意思を示す物であるからどんな兵士も攻撃はしない』と教えられていました。更にブラック・ケトルの胸には常にリンカーンから貰った合衆国の友情を示すメダルが光っている事をジョージは思いました。
伸び上がって事態を見極める彼の視界にシャイアンの戦士の幾人かが飛び込んできました。この急を知って馬の囲いの方角に走って行ってたのでした。女子供が逃げ惑い、恐怖に駆られて泣き叫びながら右往左往していました。族長は、『慌ててはならない、自分達は合衆国陸軍の保護のもとにあるのだ、これは何かの間違いだ』と皆を鎮ていました。だが、その声の終わらないうちに兵士達の銃と大砲が炸裂したのでした。大混乱と恐慌が部落の中に逆巻いていました。
戦闘は夕刻まで続き、短い冬の太陽が西に傾き、凍てつく寒気が再び砂丘に忍び寄る頃、将校は戦闘の終了を宣言して砦に去っていきました。生き残ったシャイアンの者達は様子を確認する為テント村に戻ったが、途中で白人達が死者に何をしたのか良くわかりました。死体は今まで見たことのない方法で切り刻まれていたのでした。
死臭に満ちたテント村を生き残った者達は、四散した馬をかき集め、重傷者を馬の背に乗せ、更なる飢えと怒りと不信と絶望の中で、北にいる親戚を頼りにこの呪われた地を去ったのでした。ブラック・ケトルはかろうじて生き残りましたが、別の二人の平和族長はその任務を全うして非暴力に徹して信念に殉じたのでした。逃げようと促すブラック・ケトルの勧めを振りきって族長ホワイト・アンテロープは自分のテントを動かず、死の歌を歌いながら兵士の弾丸に身を任せました。もう一方の族長レフト・ハンドは裏切りの機構を認める事を拒否し、同様に創造主の待つ彼岸に旅立ちました。その遺体が想像を絶する野蛮さで無残に切り刻まれてるのをジョージは目撃しました。
この悲劇に生き残った族長ブラック・ケトルは、1867年11月オクラハマの西における『ワシタの闘い』で殺害されました。『ワシタの虐殺』も、このサン・クリークの虐殺と同じように、白人の約束した和平を信じ駐屯していた場所での襲撃で、女子供が大多数犠牲になったのでした。
林 成敏
NANAKO:「スピリチュアルマザーズはヒーラーさんも含め霊能者の方、占い師の方などこの業界関連でご活躍されてる皆さんの意見を取り入れて運営を心掛けているんですが、ご覧になって、もっとこうして欲しいなとか、これはこうした方が良いのではないか、など有りましたらお聞かせ願えますか?」
竹川:「そうですね。来年からサイトを運用するにあたり、様々な人が集まってくると思います。
その中でいろんな人が参加することで、スピマザはますます発展していくでしょう。しかし、周囲の意志により、自分達のやりたいことがうまくいかなくなってくる可能性があります。
その部分に注意して、今からはっきりとした方針を打ち出して行動していかれたほうがいいですね。
成功するかどうかは、クドーさん次第です。クドーさんが変わることが一番大切ですね。林さんのおっしゃるとおりにやっていけば間違いはないでしょう。」
林&NANAKO:「本日は有り難うございました。」




